便失禁の症状
便失禁の定義
便を漏らす、いわゆる便失禁は、「自らの意思に反して、つまり自分の意思の制御不可能な状態で社会的、衛生的に問題となる液状または固形の便が漏れる症状」と定義される疾患です。この便失禁にガス失禁が加われば肛門失禁と呼ばれます。この便失禁ですが、特異性から実際は知られざる大衆病なのかもしれないのです。
便失禁の種類
便失禁には、大別して「切迫性便失禁」と「漏出性便失禁」の2タイプがあり、さらに両方の症状を併せ持つ「混合性便失禁」があります。それぞれの特徴は以下の通りです。
漏出性便失禁
漏出性便失禁は、もっとも多い便失禁で「便意が無く、気付かないうちに便が漏れてしまう」症状で、便失禁の50%を占めます。
切迫性便失禁
切迫性便失禁は、便失禁の15%程度に見られる症状で、「便意は感じるが排便を我慢できずにトイレに行くまでに漏れてしまう」症状です。尿失禁と共通した症状です。
混合性便失禁
便失禁の35%程度に見られ、切迫性便失禁と漏出性便失禁の両方の症状が見受けられます。
便失禁の原因
便失禁の原因は、加齢による内肛門括約筋の機能低下、肛門の手術や出産による肛門括約筋や神経の損傷、脊髄損傷などによる神経のダメージ、過敏性腸症候群等が影響していると考えられている他、これらが複合的に作用して発症すると考えられています。
便失禁の原因症病
- 外傷性
経膣分娩、肛門部手術(痔瘻,裂肛,内痔核)、 外傷性(交通外傷,肛門性交) - 神経原性
脊髄障害(脊髄損傷,二分脊椎,髄膜瘤), 末梢神経障害(分娩時陰部神経障害,多発性硬化症,糖尿病)
中枢神経障害(認知症,脳血管障害,パーキンソン病) - 肛門括約筋機能低下
内肛門括約筋変性症 外肛門括約筋萎縮症 - 直腸肛門部疾患術後
先天性肛門部疾患術後(鎖肛,ヒルシュスプルング病)、 直腸癌術後 大腸全摘・回腸嚢肛門吻合術後 - 後天性肛門部疾患
内痔核,直腸脱 - 過敏性腸症候群
- 放射線性直腸炎
- 便排出障害型便秘症 直腸糞便嵌頓
- 慢性下痢症 機能性下痢
- 機能性
- 特発性
便失禁の有症率と推定患者数
日本の便失禁の有症率は、65歳以上を対象とした疫学調査では、便失禁の症状を有していたのは7.5%で、毎日便失禁に悩まされていたのは2%と報告されています。また、20~65歳を対象とした調査では4%が過去1ヶ月の間に1回以上の便失禁を経験しているとされています。これを人口構成率により有症者数を計算しますと500万人にもなりますが、欧米よりも有症率は少ない傾向があります。しかし、この割合は、在宅で生活をしている方のみの数字であり、便失禁の有症率が50~80%とされる介護施設に入所している方は含まれていません。
また、便失禁は、日常生活に重大な影響を及ぼす症状ながら、便秘などに比べて苦痛が少なく、また、羞恥心から積極的に医療機関を訪れて治療を行うことが少ないと考えられ、実態としてはさらに多くの有症者が存在するものと考えられます。便失禁の有症者は、外出を控えたり、運動を避けたりする傾向もあることから、ますます健康面での不安が増大します。一方医療機関の側にも、良性疾患であることの意識がある他、保存的(非外科的)療法及び観血的(外科的)治療法によって改善するとの意識が低かったのも原因の一つと考えられます。
しかし、,2014 年4 月に便失禁に対して仙骨神経刺激療法が健康保険の対象とされ,NHKの番組で便失禁が取り上げられたことで、病気としての認知度が上昇、有症者も普通の病気と同じく治療すれば改善するという意識が芽生え医療機関の受診率が向上する傾向が窺われます。
便失禁の治療方法
便失禁の初期治療
初期診察
初期診察では、便失禁の原因を診断する必要性から,問診により過去の詳細な病歴の他,触診等による直腸肛門診察,医療検査機器による直腸肛門機能検査,肛門超音波検査を行い診断が下されます。
初期治療
初期の治療は、非外科的治療である保存療法により行われます。
- 食事指導・・・軟便を伴う便失禁に対して、可溶性食物繊維の摂取。
- 薬物療法・・・軟便を伴う便失禁に対して薬物療法を行う場合は止痢剤を用いる他、ポリカルボフィルカルシウム、整腸剤の薬剤を用いる内科的治療法。
- 排便習慣指導・・・便意を感じない患者に対しては、定期的な排便動作を行う排便習慣指導。
- 直腸洗浄・・・脊髄障害や直腸癌術による低位前方切除後症候群等の排便障害患者に対する治療法の一つとして有効な場合があります。
便失禁の専門的治療
初期治療で改善されなかった場合は、専門的医療機関で治療を行うことになります。
専門的検査
専門的な治療では、初期治療における診察に加えて、直腸肛門内圧検査、肛門超音波検査、肛門MRI検査、排便造影検査、神経生理学的検査が必要に応じて行われ、より原因の特定が図られます。
専門的保存療法(非外科的治療)
骨盤底筋訓練
簡便かつ安価な治療法で、他の保存的療法で改善しなかった患者に骨盤底筋訓練を施行して,41%で便失禁が改善したとの報告があります。
バイオフィードバック療法(肛門括約筋トレーニング)
自分では肛門をしっかり締めているつもりでも、実際は肛門以外の臀部や足の筋肉に力が入れている方がいます。そのような患者の場合、自己訓練を繰り返しても肛門の筋力は付けられません。そのため肛門にセンサーを挿入し、肛門の括約筋が働いていることを意識しながら訓練を行う方法ます。
アナルプラグ
肛門に栓でふたをする治療法ですが,直腸肛門部の違和感に7割が耐えるこ とが出来ないと言われる治療法です。
脛骨神経刺激療法
両下肢のくるぶし周囲に金属の刺激電極を刺入したり,電極パッドを皮膚に貼付したりして,その付近を走行する脛骨神経を刺激することによって便失禁を改善する治療法です。時間は、1日30分、週2~3回行います。
経肛門刺激療法
脛骨神経刺激療法と類似した治療法で、肛門に刺激電極を挿入し低周波電流を流して刺激します。1日30分、週2~3回、合計で12回行い結果を評価します。
外科的(観血的)治療法
外科的治療を行う前の保存療法(非外科的療法)で9割が改善すると報告されていますが、保存的療法で改善されなかった場合は外科的治療法を行うことになります。
仙骨神経刺激療法
腰あたりに電極と刺激装置を埋め込んで常時低周波電流で刺激する方法ですが、簡単な手術が2回必要です。入院が2回必要な手術で、1回目の手術で効果が無ければ抜き取ります。便失禁の外科的(観血的)治療法で保健収載されている治療法です。
肛門括約筋形成術
肛門超音波検査で括約筋断裂が認められ,便失禁の原因と考えられる場合に有効な治療法です。
人工物肛門内注入
人工物質を肛門粘膜下や括約筋間に注入して膨隆させ,肛門管を適度に細くすることで便失禁を改善する治療法です。
その他
肛門括約筋再建術、順行性洗腸法、ストーマ造設術、人工肛門括約筋植込術、磁気的肛門括約筋、恥骨直腸スリングなどがありますが、比較的レアな治療法で合併症を併発する等の懸念がある方法も含まれるため省略いたします。
最後に
初期的保存療法で50%、専門的保存療法で90%が改善されると言われており、外科的な処置は少ないことから、便失禁に悩んている方は積極的に治療を受けることをお勧めいたします。便失禁は、不衛生で他の感染症を誘引する他、外出や運動を控えることで、生活習慣病を悪化させるなどの弊害があります。早く治療を行うことで、連れ合いの方や家族の負担を減らすことも出来ます。潜在的有症率は明確では有りませんが、1割程度に昇る可能性もあり、決して恥ずかしい病気では有りません。
なお、便失禁の専門的治療のできる医療機関は「おしりの健康.jp」のサイトから検索できます。